ごあいさつ

当院は昭和35年(1960年)に設立された精神科病院です。病院名は、設立当時の地名が「猿島郡総和町」であったことに由来しております。

当院は昭和40年代から増築を重ねながら、長らく病棟を活用しておりましたが、病床の老朽化等もあり、2022年1月にメインだった病棟を刷新し、より機能分化を意識した新病棟に建て変えをいたしました。

わたくしは未熟児だったせいか幼少時は結構体が弱く、たびたび高熱を出したり、腹膜炎を生じたり等で、近所の開業医や病院のお世話になる機会が多かったように思います。当時の病院は、ところどころクレゾールのにおいが立ちこめ、薄暗い廊下の天井には謎めいたパイプが張りめぐらされていたような風景が記憶にあり、どことなく怖さと厳かさが混在したような感覚が心の澱として残っていたように思います。10代になり医療の道を目指そうと思い立った際にも、そんな厳かな世界への敬意や憧れを抱きつつ、勉強していたように思います。前病棟はそのようなイメージにつながる空気がどことなく感じられ、そのような旧病棟が無くなったことへの一抹の寂しさもありましたが、新病棟でより一層、建物だけでなく、最新の医療の知見にアップデートを図りつつ、地域の皆様に貢献できればと思っております。

人が患う疾患を治療するにあたり、医師は薬を処方したり処置(精神科の場合、対話もその一つとなりますが)を行ったりすることとなりますが、それらの医療行為でよくなる部分には限りがあり、結局は患者さん自身の自然治癒力を引き出すことなしでは改善は見込めないといえるでしょう。精神的な障害においても同様で、さしずめ医師個人が出来ることは微細なもので、多くは自身の資質をうまく引き出したり、良くなっていくための自身のモチベーションや、彼らを取り巻く環境を調整することが大切となります。

いわば一医師の役割は、病を患った患者さんの生活・人生をマラソンに例えれば、伴走しているコーチ程度の役割でありましょうか。とは言えども、病を患っている患者さんたちからすると、ゴールはもちろん、目的地、方向さえも見えない暗闇の中で走っているような状況になっていることが想像できます。そのような状況下で、コーチのあるなしでは苦しさの程度は著しく違うのではないでしょうか。必死にもがき、走っているが、目的地からどんどん離れてしまっている事態も多々あるものと思われます。

医学モデルの視点でいえば、ストレスが引き金となって様々な症状、障害を患うこととなるわけですが、彼ら、彼女らに携わる医療者は、自身の培ってきた知見、技術、経験を通して目の前にいる患者さんや、その患者さんを支えている人たちに、少しでもコース、目的地などを指し示し、その人その人に合わせたゴールを指し示し、進んでいくことのお手伝いをすることが使命であり、その結果、患者さんの和らいだ姿を見届けることが、我々医療者の喜びであり、やりがいなのかと思う次第です。

先代院長のあいさつ文に「精神科は決して敷居が高いものではありません」という言葉がございましたが、昨今の外来待合室の風景を見ると、より一層そのような印象がございます。以前より、多少患者さんをお待たせし、早急な対応ができないことがあることは心苦しいところがございますがお気軽に当院へお越しいただければと存じます。

                                                                               院長 木村 修